翌日。
ルガは無事に退院を果たし、一家と共に10年ぶりとなるロビーに足を踏み入れていた。
「ほお……!随分雰囲気が変わったな!明るくなったんじゃないか?」
「総司令殿の計らいだそうだ。2年ほど前にアークス内の体制が変わってな、それに伴い……、という所も話さねばならんか」
「おう、頼む。総司令と言われても何だか分からんからな!」
「あたしも分かんなーい!」
「ワタシもよく知らん!」
「ボクは何となく?」
「……まったく……」
アテフは呆れながらも、道中でこれまでにアークス内で起きた事なども話した。ルガだけでなく、その手の話にあまり関心のなかったメイ、ナナリカ、めぐも「へえー!」などと相槌を打っていた。
そうしているうちに、『P.P.L』の正面口に辿り着き、ルガはこの施設の規模に感嘆の声を漏らしていた。
「デッカイな〜……。こんな所が協力してくれてるんなら百人力だな!」
「『P.P.L』の全てではなく、この中のとある研究室が、だがな。さて、行くぞ」
5人は入り口を潜り、まっすぐライアのいる研究室へ向かった。
研究室の扉の前まで来て、渡されていたカードキーでアテフが扉を開けようとすると、先んじて扉が開き、まるで一家の来訪を分かっていたかのような顔でライアが佇んでいた。
「ハア〜イ。あら、そちらがメイちゃんのパパさん〜?やっぱりダークファルスの時と全然印象違うわねぇ」
「……ああ、彼がルガ殿だ。無事に退院出来たので、アークス復帰の算段をしている」
おおよそ、扉の前の自分たちの気配でも感じ取って驚かそうとしていたのだろう、と判断し、特に突っ込むこともなく本題に入った。
「成る程ねぇ。ということはシルファナちゃんにご用かしら〜?」
「何故分かる?」
「厄介ごとの相談とアークスへの交渉、そのために何故ここに来るのかって思えば、思い当たるのは彼女くらいよ〜?」
「……そうか。まあ、そんな訳だ。彼女と話をさせてもらえないだろうか。それと、アルファ君も」
「はいは〜い。呼んでくるからいつもの場所に掛けといて頂戴〜」
何故思い当たるのか、疑問は残るものの、今は気にせずに椅子に掛けた。
ライアの姿が見えなくなると、ルガは突然大きな溜息をついた。
「パパ、どうしたの?」
「いや……あのライアとかいう奴、話してる間ずっっっとオレの方を見てたんだ……。見てたってか、獣にでも睨まれてる感じ?」
「あ〜……まあ、あんまり気にしない方がいいんじゃないかな……」
「そうか……?」
所謂「戦闘狂」でもあるライアはきっと、「新しい獲物が増えた」と品定めでもしていたのだろう。ルガも歴戦のアークスなので、ライアのお眼鏡に適ってしまったのかもしれない。
その会話から程なくして、シルファナとアルファが一家の元へやってきた。ライアは研究の続きのため、奥に下がってしまったらしい。
「まあ……!お話には聞いていましたが、本当にお父様が戻ってこられたんですね!良かったです……!」
「うん!ありがとー!パパ、この人はシルファナお姉さん。対抗フォトンの研究を一緒にやってくれてるんだ!」
「成る程、そうだったか!シルファナ殿、これからよろしく頼む!」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
シルファナはルガの帰還を我が事のように喜んでくれた。同時に、明るい親子の様子に思わず釣られて嬉しくなっているようにも見えた。
一方、隣のアルファは相変わらずいつもの調子のようだった。あの時、ルガに対してあれだけの嫌悪と怒りを見せていたにも関わらず、何事もなかったかのように佇んでいるのが少し不気味に感じられた。
「んでー、だな……。アルファ君、だったかな?あの時は有難う、それとすまない……」
ルガが恐る恐るアルファに声を掛ける。どんな返事が返ってくるのかと思い身構えていた。
「あの時……?」
ぼそっと呟いて、思い出そうとする素振りを見せた。この様子にルガは戸惑ったが、アルファはすぐに「ああ、自己中パパか……」と本人には聞こえるか聞こえないかの声でぼやいた。
「恩人に手伝えと言われて手伝っただけなので、気にすることはありませんよ。つまり、自分には恩義の念とかも要りませんから」
丁寧に返すと、若干あの時のことを思い出して、ルガへの好感度を内心下げていた。アルファは自分にとって関心の薄い物事や人物を記憶しない、忘れてしまうという、少々難のある性であり、回答を終えたと同時にまたあの時のことを忘れる準備に入った。
「そ、そうか……。なら、お礼はこれきりにしておこう」
そんなこととも梅雨知らず、ルガはまだ強張った表情でアルファとの会話を締めた。この時アテフの隣に掛けていためぐが、アルファの性を知っているが故に、呆れたように溜息をついていた。
ルガだけでなく、一家全員に少し固い感じの空気を感じて、シルファナは何かあったのだろうかと首を傾げたが、この場で詮索はしなかった。そして、今度はシルファナから一家に尋ねた。
「ところで、私に何かご用があるとのことですが……」
これに、メイが身を乗り出して答えた。
「あのね、パパをアークスに復帰させてあげたいんだけど……それで、前みたいにシャルラッハさんの手を借りられないかなーって……」
「成る程、そういう事でしたか。分かりました、早速連絡してみますね!」
「ほんとっ!?ありがと〜!!」
メイはぱっと笑顔を咲かせ、シルファナが端末でシャルラッハと連絡を取り合うのを眺めていた。
「そちらの進捗はどうですか?……なるほど、ええ……、分かりました。それと、重ね重ねで申し訳ないんですが、少々頼みが……」
シャルラッハは別件で何か請け負っているのだろうか。シルファナの話し振りを、メイは不思議そうに見ていた。
程なくして通信を切ったシルファナは、一家に向き直った。
「なんとかなりそうです。復帰の手続きの準備が整い次第、また連絡する、とのことです」
良い返事に、一家は揃って「おお!」と声を上げた。
「やったあ!ありがとー!!」
「いやあ、本当に有り難い……。感謝してもしきれんよ」
メイは大喜びし、ルガは深々と頭を下げた。アテフも穏やかに笑い、ナナリカとめぐはハイタッチを決めていた。
「ふふ、どういたしまして、ですが……お礼はシャルと化(アダシ)さんに」
「ん?シャルラッハお姉さんと……なんて?」
「化さんです。そういえば、お話していませんでしたね。情報部の方で、今シャルと一緒に『オーヴァ』の情報収集に動いてもらってるんです。アークスの上役にも顔が利くとか……」
「ほえー!!それは知らなかったよ!!情報部の人まで協力してくれてるなんて心強いな〜!」
アークスに有用な情報は勿論、表沙汰にならないような機密情報も扱う情報部。『オーヴァ』のことも、情報部の人間に頼ることが出来たとあれば、きっと何か分かるかもしれない。メイたちの心の中に、またひとつ光が差し込んだ。
(だからライア殿もシャルラッハ殿たちのことを知っていたのだな)
アテフの中にあった、ライアがなぜ「厄介ごと」への対応とシルファナを言わずとも結び付けていたのか、という疑問が晴れた。人の縁とは、こうも上手く繋がっているものか、と感じずにはいられなかった。
用件を済ますと、メイたちはもう一度礼を言いながら、研究室を後にした。
今はまだ何もかもを待つことしかできないのが歯痒かったが、それでいて、希望に満ちた心持ちで家路に就いたのだった。