メイたちはアークスシップに帰還すると、ライアたちに顛末を報告すべく『P.P.L』に向かった。
暗く項垂れながら玄関を潜り、ライアのいる研究室の扉の前まで来ると、まるで見越していたかのようにライアが扉を開いて出迎えてくれた。
「うおっ!?ライアお姉さん、あたしたちが来るの分かってたの?」
「ええ。例のダーカー反応を追っていたオペレーターからヴィエンタの反応ごと消失したって連絡があったから、そろそろだと思ったのよぉ」
「そーゆーことか!ごめん、逃しちゃって……」
「私は『調べて』って言っただけよ〜。その成果があれば問題ないわぁ」
ライアは早速報告を聞くべく、メイたちを研究室へ通す。奥から、報告を待ちわびていたシルファナとブランク、そして彼等に連れられアルファもやってきていた。
皆で長テーブルにつくと、アテフから報告が開始された。
「まず、2つの強力なダーカー反応の正体だが……あれは、ヴィエンタの両親のものらしい。彼らに接触する前にヴィエンタから直接聞いたことだ」
ヴィエンタの両親……
ライアたちは思い思いに表情を変える。シルファナはとりわけ動揺しているようだった。同時に、ヴィエンタは話が通じる状態だったことに安堵もしていた。
「それともう一つ。これもヴィエンタから聞いた話だ。メイの父親……ルガ殿の侵食は不完全故、まだ必ず助けられる、と。そして、ヴィエンタの両親がルガ殿を殺してしまう前に助けてやれとも」
アテフの報告を聞きながら、ライアは首を傾げていた。
「ふぅ〜ん……。何故彼らがヴィエンタを追いかけていたのか、それと何故メイちゃんのパパを殺そうとしているかまでは聞いていないのかしら〜?」
「残念ながら。それを聞く前に、彼らに捕らえられ何処かへ連れ去られてしまったからな……」
これに、安堵が引っ繰り返されたシルファナが反応した。
「そ、そんな……!何処へ消えたのか、分からないのですか……?」
「それは俺たちにはどうしようもない。オペレータ殿が彼らの座標を追跡でもしていれば特定出来るやもしれんが……ライア殿、どうだ?」
「ふふ、勿論追跡もさせているわ〜。じきに連絡が来るでしょう……と、言ってる間に通信ねぇ」
ライアの通信端末に、オルディネとカルミオ、ヴィエンタの座標を追っていたオペレーターから連絡が入った。いちいち伝言するのも面倒だからとオペレーターの声が全員に聞こえるよう、スピーカーを操作して長机の上に置く。程なくして、オペレーターの声が聞こえてきた。
「座標追跡の結果、彼らの行き先は『旧106番艦 オーヴァ』と特定されました。極めて高いダーカー因子の反応が艦全体から確認されましたので、恐らくダーカーの襲撃を受け占領され、結果放棄となったシップの一つだと思われます」
『旧106番艦 オーヴァ』。
オペレーターの言葉から察するに、時々緊急任務が発令される『ダーカーの巣窟』と似たような場所なのだろう……皆がそう思った。しかし、ライアは腑に落ちないようで。
「『だと思われます』って、そんなおっかない場所をアークスがマークしていなかったってコトかしら〜?」
「このような場所は知らされておりませんので、そうなるかと。或いは……意図的に存在を隠されていた可能性も」
メイたちは「またか」という顔をした。
「なんてーか……アークスって隠し事多いのなー」
「まだ隠しておったと決まった訳ではなかろう?」
「でもダーカーの巣窟みたいな場所、普通放っておくかなあ?あっくん、どう思う?」
「……なんとも言えんな」
ざわつく4人を置いて、オペレーターは淡々と報告を続ける。
「こちらで『旧106番艦 オーヴァ』について調べてみます。暫しお待ちいただければと」
「では、それまでヴィエンタを救出することはできないということでしょうか……?」
「はい。知らされていないということは、出撃許可も出せない状態なので」
「そう、ですか……」
せっかく場所が分かったのに、すぐに動けないことに暗く項垂れるシルファナ。見兼ねたブランクが、慌ただしく腕を振りながらシルファナに声を掛けた。
「ほ、ほら、何が起こるのか分からないような場所ってことでしょ?そりゃあ、危なくてすぐに出撃なんかできないです。それこそ、ヴィエンタさんが宿しているダーカー因子と同質のダーカー因子が蔓延でもしていたらひとたまりもないです。そういうことに備えて、今は対抗フォトンの開発に専念しましょう!ねっ!」
正論。そして、ブランクの慌てぶりに少し励まされ、シルファナに笑顔が戻った。
「……そうですね。まずは私たちに出来ることをしなくては。有難うございます、ブランクさん」
「はえっ!?え、えへへ……どういたしましてっ!」
ブランクは感謝の言葉に頬を赤らめ、両腕をせわしなく上下させた。
2人のやり取りが終わるか終わらないかで、オペレーターもキリをつけて通信を切った。ライアは一息つくと、これからの行動を整理した。
「それじゃ、『オーヴァ』の情報収集はあっちに任せるとして〜。私たちは対抗フォトンの研究。メイちゃんたちは〜……」
ライアが一家に視線を送ると、メイが先行して声を上げた。
「パパを探す。どうしてなのかは分からないけど、あいつらに殺されちゃうかもしれないんでしょ??そうなる前に……助けなきゃ、さ!」
メイの言葉に、ナナリカ、アテフ、めぐも強く頷く。が、一家の決心とは裏腹に、ライアは尚も考え込んでいた。しばらくして顔を上げたかと思うと、当然とも言える疑問を投げかけた。
「パパの居場所、もとい反応はあの日のシップ襲撃以来一度も確認されていない。どうやって突き止めるつもりかしら〜」
「そ、それは……」
「ひとつ提案があるんだけどぉ」
いくらオルディネたちと関わる人物のこととはいえ、ライアにとってルガが殺されようが大した意味は無いはず。そこへ提案をしてくるという行動に、ブランクが訝しげにライアを見上げた。
「ヴィエンタの両親はパパを狙っているって話よねえ〜。なら、奴らが『オーヴァ』の外に出たところを追えば確実なんじゃな〜い?」
確かに、とこの場の全員が理解は示した。だが、一歩間違えば間に合わず最悪の事態になるかもしれない。
「ちょっと危ない気がするんだけど〜!?他には手立て……ないかあ……」
「ふふ、安心なさいな〜。その時は私も出るわ〜」
「そっかあ、なら安心……って、ええ!?」
メイと同じタイミングで、全く動じないアルファを除く全員が驚きの声を上げた。
ライアがここまで協力的なのが、皆にとっては意外でしかなかったのだ。
「ま、マジ!?うっかりパパを殺したりしないよね!?」
「しないわよぉ、失礼しちゃうわ〜。そもそも、私の目的はそっちじゃないの〜」
「ええ??てことは……ヴィエンタの親たちに用があるってこと?」
「そうよぉ。何故ヴィエンタやメイちゃんのパパを執拗に狙ってるのかとか、色々聞きたいし〜」
つまり、ヴィエンタの両親に尋問をかけるということ。
ライア程の戦闘力をもってすれば、彼等の動きを止めることまでは出来得るだろう。だが、易々と口を割るとは思えない。簡単に言ってのけるライアに、メイはぽかんと口を開けた。
「マジか〜……。でもライアお姉さんなら何でも出来ちゃう気がするわ」
「出来ないコトを出来るとは言わないわよ〜。それで、この提案には乗ってくれるのかしら〜?」
メイはアテフたちへ、どうするのかと目で問うた。
「……こちらとしても、ヴィエンタの両親を足止めしてくれるのは有難い。他に確実な手立てもないだろう」
「なーんか信用できないっていうか……でも、やるしかないよね。ボクも乗った!」
「正直不安ではあるが……んん〜……。仕方ない、ライア殿のお言葉に甘えようではないか!」
半信半疑なものの、一家も提案を承諾した。ライアはニコリと笑い、
「それじゃあそういうコトで。対抗フォトンの研究の進捗、『オーヴァ』の情報、ヴィエンタの両親の動き……諸々変化があったら連絡するわ〜。それまではどう過ごして貰っても構わないわよ〜」
と締めくくった。
「おっけ!ライアお姉さん、ブランク、シルファナお姉さん、アルファ。研究、よろしくね!」
メイはライアたちに別れを告げ、ナナリカたちに「行こ!」と促し研究室を後にした。
研究室に残されたライアたちは、早速研究の続きに取り掛かろうと立ち上がった。
「ところで……アルファさん、ずうーっと無言でしたけど、話聞いてました?」
「もちろん」
「ほ、ホントかなあ……あっ、なんでもないです!!聞いてたなら良かった!!です!!」
ブランクはあらぬ疑いをかけてしまったことを慌てて訂正し、逃げるようにライアとシルファナについて研究室の奥へ向かっていった。アルファも誰にも聞こえないように溜息をついてから、後に続いたのだった。
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P.P.Lを出て、区画を歩きながら、それぞれ情報が下りてくるまでどう過ごすかを思案していた。
研究室のメンバーやオペレーターが頑張ってくれている中、自分たちだけ何もしないというのもなんだか落ち着かない。今の自分たちに出来ることはないか。
「……そーだ!」
「む、どうした?」
「いやね、ちょっと行きたい場所があるんだよねー。アテフおじさんと一緒がいいなあ」
「?ああ、構わないよ」
行きたい場所というのがどこなのか見当はつかないが、あえて言わないということは詮索すべきではないのだろう。アテフは頷き、めぐとナナリカを振り返った。
「そういうことだから、めぐ。しばらくナナリカと居てやってくれ。ナナリカも、良いな?」
「あっくんのお願いならお安い御用だよ!」
「うむ!!任せておけ!!……なら、ワタシも行きたい場所を思い出した。めぐ、付き合ってもらうぞ!」
「あれっ、ナナリーからお願いなんて珍しい!なんだか嬉しいなあ!」
「う、うるさい!いいから来るんだっ!」
「はーい!」
相談し終えると、それぞれ別れて、思い思いの行き先へと歩き出したのだった。